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定禅寺のジャズフェスティバル その3

今思うと、どのジャズフェスティバルに共通して言えることは、「あのジャズフェスティバルには負けない」とか「どこよりも大きな日本一のジャズフェスを目指そう」なんて誰も考えていないところであろう。 みな運営がボランティア活動にて無償で行っているため、毎年運営できるかどうかに対し不安の中、運営しているのである。正直そのようなことを考えている余裕はないのであろう。だからこそ、純粋に続けていけるのである。 昨今、街おこしとしてジャズフェスティバルは確かに増えているが、その反面、なくなっているのも事実である。その理由をよくよく伺ってみると、トップの人間がはじめこそよかったのだが、だんだんワンマンになり、やりたい放題になってしまって、最後は集まった運営費を使い込んでいたことが判明してつぶれたところや、音楽プロデューサーを引き入れたことで、その人間が呼びたい、息がかかっているミュージシャンを呼んだりして利権が絡むようになり、費用がかさみ運営できなくなってしまったこと。 確かにそれでは街おこしという割には全く街におちていない、ボランティアに関わるメンバーが好きなようにイベントに参加できるものとしては成立しなくなっている(でも大体が上に立つ者が悪いことして終わっているんだよな・・・)。 定禅寺の実行委員長は、最後に支出と収入の詳細まで教えてくれた。そして、本当にジャズフェスティバルを開催するのであれば出来る限りのことは協力しますよとおっしゃっていただいた。 なんとも力強い味方だろう。この二ヶ月の間で関西最大のジャズフェスティバルと日本最大のジャズフェスティバルの両方から最大限の協力をいただけたのである。 すっかり、高槻の件で相棒に遅れをとっていたことなんか忘れ、 「とりあえず、企画書を作って行政に持っていってみるか!?」と次の一歩を踏み出そうと思案する自分がいた。 その後、帰りの電車にて、いろんな思いをはべらせていたのだが、妻にさんざん依頼されていたお土産「萩の月」をすっかり忘れたことに気づき、あわてて東京駅の大丸へ、購入できるものかどうかと電話するのであった。
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